学生執筆:宮城仙台訪問記 前編

福島プロジェクト

こんにちは。

近藤ゼミ3回生の近藤壮太と橋倉丈樹です。

私たちは、8月28日から8月30日の3日間、

宮城県と福島県を訪問してきました。

大型台風の影響が懸念される中の訪問でしたが、

無事に行って、交流してくることができました。


近藤壮太です。

まず僕からは、1日目の出来事についてお話ししたいと思います。

1日目は、関西大学校友会の松永さんと

多賀城高等学校の髙橋先生に帯同していただき、

宮城県石巻市を訪れました。

高橋先生は、僕の高校時代のバスケットボール部の顧問で、

恩師である方です。(多賀城高校出身です)


石巻市は、東日本大震災で大きな被害を受けた

沿岸部の地域であり、復興が進んできたものの、

家屋がほとんど建っていない景色や、

真新しくできた堤防の高さから

想像を絶する被害を受けたことを肌で感じました。


特に、震災遺構として保存されている

門脇小学校では、たくさんのことを考えさせられました。

門脇小学校は、津波だけではなく

津波火災による被害も受けており、

焼け焦げた教室の様子を実際に見て、

被害の深刻さを感じました。

また、門脇小学校で、近藤ゼミ生以外の、

他の社安生3人にたまたま遭遇したことは大変驚きでした。


髙橋先生は

東日本大震災を石巻市で経験されており、

当時の様子や感じたこと、考えたことをお話していただきました。

災害を経験された人から直接お話を聞ける貴重な機会であり、

ゼミ生一同非常に勉強になり、様々なことを吸収できたと思います。


石巻市訪問後、

髙橋先生がお勤めになっている多賀城高等学校を訪れ、

高校生のみなさんと交流させていただきました。

多賀城高等学校には、

東日本大震災をきっかけに設立された「災害科学科」があり、

日常的に災害に目を向けて勉強しています。

今回交流した高校生のみなさんも

非常に高い防災意識を持っていました。

私たちがやったことのないような取り組みや

思いつかないアイデアを持っており、

非常に刺激的な交流になったと思います。

(近藤壮太)


橋倉丈樹です。

僕からは2日目の出来事について

お話ししたいと思います。

2日目に、仙台から福島県西郷村に移動していく途中で、

宮城県名取市閖上地区や宮城県南部に現存する唯一の被災建築物である

山元町震災遺構中浜小学校、そして、福島県双葉町にある

東日本大震災・原子力災害伝承館を訪問しました。


閖上地区は、東日本大震災における

名取市全体の死者の約8割を占める地域で、

地区人口の約14%の方が犠牲になった地区です。

到達した津波の高さと同じ高さの慰霊碑や

芳名板に記されている亡くなった方々のお名前、

震災前と今の地区の街並みの違いを写真で見比べたことで

震災によって閖上地区がどれだけの被害を受けたのか実感しました。


山元町の中浜小学校は、

屋上に避難した児童と教職員、保護者ら90名を

津波から守った校舎を保存した震災遺構です。

校舎を建設する際に

地域住民の要望で敷地を2m嵩上げしていたことや

3月9日に発生した地震を受け、

子供たちの避難にかかる時間や

管理職の打ち合わせがあったことなど

多くの要因が積み重なって

90名の命を守ったことにつながったことを知りました。


東日本大震災・原子力災害伝承館では、

社会安全学部のOBである

常任研究員の静間健人さんに

双葉町の最近の動向について講演していただいた後に、

伝承館内を見学し、東日本大震災以前から現在に至るまでを

知ることが出来ました。


西郷村に到着した後は、

関西大学校友会の方々と食事をさせていただき、

多くの方のお力添えをいただいて

この訪問が実現していることを深く実感しました。

皆様のお力添えにお応えできるように

ゼミとして一体となり、防災に取り組んでいきたいと思います。

今後とも何卒宜しくお願い致します。

また個人としても、初めて東北を訪問し、

防災の道を志した原点の一つである東日本大震災について

文字や写真だけでない様々なことを現地で学ぶことが出来ました。

初心を忘れずこれからも防災に取り組んでいきたいと思います。

(橋倉丈樹)

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