「いのちの災害情報学」シリーズ 既刊・新刊のご案内
「災害報道とリアリティ」
災害が頻発する今、進化が問われる災害報道は課題山積の常態にある。満身創痍の災害報道に対する特効薬はない。この閉塞をいかにして打ち破ればよいのか。情報とは異なる水準にあるリアリティの観点から、緊急報道・復興報道・予防報道を見つめ直す。実例を繙きながら理論と実践を往還する。
「防災教育学の新機軸」
災害多発時代の今だからこそ、真の防災教育学が要請される。時流に乗ってノウハウを押し付ける防災教育のあり方を倫理学的に再検討し、弁証法的に解決策を探索する。「まなび合い」の構えを基軸に、次の千年紀を見据えた「いのちをまなざす」防災教育学の挑戦を、ぜひ一緒に目撃してもらいたい。
「コロナ禍と社会情報」
コロナ禍は、まさに「情報化」のムーブメントの嵐だった。汚れ/清潔、密/疎、近い/遠いなどのダイゴトミーにも、きわめて敏感になったはずだ。しかし「情報化」には、人々を疎外するリスクが多分に含まれている。人が人を見ずに、情報を見てしまうようになるからだ。そうした方が「タイパ」が良いので、デジタル化されてしまった頭脳や感性は、無意識のうちに自己疎外をきわめていく。
「災害情報学の挑戦」
「防災」は、科学・技術と密接に結び付いた、きわめて近代合理主義的な、そして、ある意味では産業資本主義的な営みなのだ。そうであるがゆえに、未来社会において、「防災」の意味付けがぐるりと変転していたとしても、決して不思議ではない。次の千年紀には、(狭義の)「防災」という言葉は、すでに死語になっているかもしれない。
「いのちのメッセージ」
本書では、いのちということばを定義する際に、「人が災害で死なないこと」のような、狭い了見に与しないようにしたい。日常の暮らしがすこやかに送れるということ、その積み重ねとして豊かな人生を全うできるということ、そうしたビオス的な生の範疇に配視しながらも、主体が生まれてくる以前の生命の根源にもこころを浸していきたいと思う。
